ライナーノーツ
今作はデューク・エリントンの生誕100年記念である昨年に録音されたエリントン曲集である。沢山の似たような企画があったなかで、ヴァイブラフォンとギターのデュオというのは異彩を放っているのではないか。デュエットでエリントン曲集を作るという今回のコンセプトにおいて、ビルが真っ先にパートナーに指名したギタリストがマーク・リボーである。リボーはファンキーなカッティングが印象的なギタリストだが、最近は意欲的に取り組んでいるキューバ音楽で心の行き渡った緻密なメロディラインとソロを弾いている。ニッティング・ファクトリー界隈でファースト・コールの人気ギタリストなのはご承知の通りだ。
エリントンという巨大なジャズマンの作曲集をつくるというのは、ジャズ・ミュージシャンにとってはなかなかのプレッシャーになると思われる。どうしても膨大な数の録音のあるエリントンの演奏や多くの先達たちの名演を意識してしまうからだ。伝統を意識すればするほど、のしかかるプレッシャーは大きく重たくなるはずなのだ。ところが一曲目の「C・ジャム・ブルース」の冒頭を聴いただけですぐに、そんなプレッシャーが彼らには全くないのだということに気づかされる。「Cジャム」は現場でジャムセッションの曲として取り上げられることが多い、ミュージシャンにとっては馴染み深い曲である。それだけにこの曲の解釈によってその人の奥行きが判断されるというある意味で難儀な曲でもあるのだが、二人は「俺達は好きなようにやるぜ」と言わんばかりの演奏を繰り広げているのが面白い。もちろん、適当にやっているというわけではない。曲の構成、二人の演奏のリズム、ソロの役割分担が最初から最後まできちんと練られているのは、分離良く綺麗に録音されている二人の演奏をじっくりと聴けばわかることだ。これは数あるエリントンカヴァー曲集とは明かにひと味違う。
ヴァイブラフォンという楽器は管内に入っているファン(羽)を回転させることによって音にサステインとビブラートをつける楽器なのだが、ビルはこのファンをやたらと回しっ放しにしている。回転させっ放しによって、デュオの音の隙間を埋めると同時にヴァイブ特有の浮遊感を更に強調する効果が出ている。しかしこれは単にデュオだからということではなく、おそらくビルのスタイルなのだろう。そしてこの浮遊感だけではリズムがぼやけて全体がだれてしまう可能性があるが、そこをマーク・リボーがザクザクとした鋭いギターのトーンで聴く者の神経をダイレクトに撫でてくる。彼の演奏は高音から低音へと音程差の激しい大胆な跳躍を見せて自由奔放だ。フレーズで勝負しているわけでもなく、ちょっとヘタウマ風な弾き方もしていて実に味があって良い。一聴するとまとまりなく聞こえるかもしれない二人の演奏だが、これはアルバムに緊張感を与えるひとつの方法論なのだ。
ビルのサウンドは辺りを包むように奥にあるが、リボーのサウンドは前面に攻撃的に押し出てくる。その辺りのバランスの妙が聴き所である。リスナーはヴァイブにもギターにも没入できずに、その狭間で心が揺れ動くことだろう。彼らが表現しているのは正にその狭間にあるものなのだ。また、デュオというフォーマットによって、パーカッション、ピアノ、ベースなどビルのマルチ・インストゥルメンタリストとしての多様な音楽性が顕在化し、時にパーカッシッブに、時にメロディアスにヴァイブを歌わせる彼の懐の深さが遺憾なく発揮されている。
2000年 松永誠一郎 New York